コラム

ウサギの目が赤い理由 ♯1

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6,7年前に、ある企画に参加しました。
自由参加で短編物語を書き、一定数集まったら、書籍化するという企画。
物語を書くにあたって、1つだけ条件がありました。
それは、「ウサギの目が赤いのは、感動の涙が止まらないから」というもの。
結局、その企画自体は、頓挫したようですが、私は当時、4つほど書きました。
最近、机の引き出しから出てきたので、懐かしさ恥ずかしさもありますが、掲載します。

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「ちっ!オヤジの野郎…、こんなもの残して逝きやがって…。」
マサオは思わず、つぶやいた…。

家庭をかえりみず、職人としての性分だけまっとうした父が残してくれたものといえば、
借金と先立った妻の寂しさをまぎらわすように飼いはじめた、
一匹のウサギだけだった…。

「まったく最後まで面倒かける、オヤジだったぜ。」
マサオはここ5年、父親とロクに口すら聞いていなかった。

「確かテレビで、3ヵ月以内なら、相続放棄できるとか言っていたよな…。」
「オレがつくった借金じゃねぇし、こんなウサギは、邪魔なだけだ。とっと相続放棄しちまおう。」

マサオは、そう思った。
しかし、寝床についても、なんだか心の中で、ずっとひっかかるものがあった…。
そのひっかかりは、日に日に増していった。

アルバイト先での仕事も手につかなくなっていった。
父親が残した借金を放棄すべきかどうか、それが正しい選択なのかどうか、
正直、迷い始めていた…。

そして、決断することにした。

ウサギには何の罪もない、飼うことにした。
借金の方は、とりあえず、債権者のところへまわり、頭を下げ、
いろいろと話を聞かせてもらってから、どうするか決めることにした。

当然、担保になるような財産もなかったため、オヤジの借金は、
ほとんどが、同業者や取引先からのものであった。

債権者を一件一件まわってみて、驚いたことは、
借金を残して死んでいったオヤジに対して、
恨むどころか、ただただその死を悲しんでくれた。

そして、みんな一様に、「いいよ。返さなくて。」とだけ言ってくれた。。

最初、意味がわからなかったが、オヤジが常日頃からいかに
まわりの人たちに世話を焼き、面倒を見ていたのか、
ということを知った。

「家庭をかえりみなかったオヤジ」
という印象のマサオには、信じられない話であった…。

そして、最後に一人の債権者に会った。
オヤジのかつての親方だった…。

その親方から聞いた話は強烈で、マサオの背中を押すには、
十分な説得力を持っていた。

「お前のオヤジさんはなぁ。お前を大学に入れるために、
借金してまで無理してお金をつくったんだよ。
本当は、お前に自分の仕事を継いで欲しかったんだけどな…。」

マサオは、その場に居ても立ってもいられなくなり、
アルバイト先へ向かい、辞める旨を告げた。
そして、かつての父の作業場へと走った。
そこには、埃まみれの道具一式が、ひっそりと置いてあった。

その日から、マサオは人が変わったように作業場へ行き、
見よう見まねで仕事を覚えていった。

早朝から夜遅くまで時間を忘れ、必死に働いた。
帰宅してからも、一日でも早くオヤジの技術に近づきたかったため、
睡眠時間を削って、徹底的に独学で勉強し、試作していった。

オヤジが唯一残してくれた形見のウサギは、そんなマサオに付き合うように、
毎晩のように寝ずに、見守ってくれていた。

そして…。

ついに、マサオは借金を完済した。
ちょうど、オヤジが亡くなって、5年が経っていた。

マサオは、思わず、ウサギに駆け寄り、叫んだ!
「オヤジ!!オレやったぞ!!借金全部、返したぞ!!
オヤジのあとも、しっかり継いでるぞ!!」

ずっとマサオを見守ってくれていた、
ウサギの目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた…。
その日から、ウサギの目は、真っ赤なままになりました。

オヤジが残してくれたものとは…。

(  完  )

(この話はフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。)
http://blog.goo.ne.jp/mentor1100/d/20060101
このコンセプトに触発され、考えました。

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