コラム

ウサギの目が赤い理由 ♯2

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6,7年前に、ある企画に参加しました。
自由参加で短編物語を書き、一定数集まったら、書籍化するという企画。
物語を書くにあたって、1つだけ条件がありました。
それは、「ウサギの目が赤いのは、感動の涙が止まらないから」というもの。
結局、その企画自体は、頓挫したようですが、私は当時、4つほど書きました。
最近、机の引き出しから出てきたので、懐かしさ恥ずかしさもありますが、掲載します。

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「いっそ、死んでしまえたら、楽だろうなぁ…。」
アキオは思わず、そうつぶいた。

心地よい秋晴れのこの日、ヨシカワアキオは、
営業をさぼって、缶コーヒー片手に、
上野動物公園内のウサギ小屋の前で、ため息をついた。

アキオは、大学を卒業した後、技術者として、凸凹電機産業へ胸高らかに就職した。
しかし、入社して8年目の今年、ここ数年の折からの不況で、
技術職から営業職へ異動となった。

理系畑を歩いてきたアキオにとっては、
まさに青天の霹靂、寝耳に水の出来事だった。

(オレ、対人関係苦手なのに…。ペコペコしたくないし。
こんなのやるために就職したワケじゃないし。)
怒りを通り越して、自分を営業に廻す会社の無能さに、呆れた。

すぐさま上司に、直談判したアキオだったが、個人の意向が
簡単に受け入れられるわけもなく、その訴えは即日却下された。

アキオは思った。
( こんな会社辞めてやる!! )

しかし、専業主婦の妻と、一姫二太郎の3人の扶養家族を持つ
アキオの現状では、そう簡単に辞めるワケにもいかなかった。

やる気なさ2000%で営業をさぼり、上野動物公園のウサギ小屋で
ため息をつくのが、いつのまにか日課となっていた。
今日もそんな1日だった。

と!

その時!

バリバリバリ!!

脳天つんざく稲妻が頭の中を駆け巡り、立ちくらみを覚えた。
思わずその場に座り込み、一瞬、目の前が真っ暗になった。

目を無理矢理に開けようとした。
マブしい光が、強烈な勢いで入ってきた。

ゆっくりと薄目を開けた。

そこには、高さ3m近くにのぼる、巨大なウサギが立っていた。
その巨大ウサギは、口を開いた。

『今、死んでしまいたい…、そう言うたやろ?』
関西弁を喋るウサギ…、アキオは我が耳を疑った。

『死にたい…、言うたやろ!?』

「あっ…、ハイ…。」
反射的に、敬語で返した。

『にぃさん。モノゴト、本気になったことあるんかい??
営業が、苦手・苦手といつも愚痴ってはりますけど、
真剣に営業職に向き合ったことあるんかい??』

少し崩れた関西弁が耳に触った。

「人間なぁ…、本気になりゃぁ、越えられない壁などあらへん。
やる前から逃げとるのちゃうんかい!?』」

その言葉は、アキオの胸にグサリと音を立てて、突き刺さった。

(本気…)
      (本気…)
            (本気…)
                  (本気…)

と同時に、ウサギごときになんでここまで
言われなくちゃならないんだ、と腹立たしく思えた。

「ちきしょー!!やってやる!?やってやるってー!!」

思わず、そう叫んでいた。
悔しかった。
自分が情けなかった。

その日からアキオは、2時間前の朝6時に出社するようになった。
営業の本を片っ端からむさぼり読んだ。

コミュニケーションセミナーにも積極的に参加した。
抜群の営業成績をあげている、歳下の営業マンに教えを請い頭を下げた。

自分の営業活動を円滑にするため、内勤の営業事務の社員には、
ときたまケーキを買って帰った。

徐々に、徐々にではあるが、アキオの営業成績は右肩上がりを始めた。
またアキオは、営業をすることで、お客様から感謝される喜びを知った。

- 仕事の充実感 -

というものを、アキオは入社以来、
初めて味わったような気がした。

ある日、アキオは上野動物公園に久しぶりに足を向けた。
ウサギ小屋の前に立った。
そして、心の中でつぶやいた。

(ウサギさん。どうもありがとう!あの、たった一言、
『本気』というフレーズで、今の自分を肯定できました。
本当にありがとう!)

ウサギ小屋の中にいた、一匹のウサギがアキオの前で
立ち止まり、二つ足でこちらを見た。

その目から、涙がボロボロっと流れ落ちた。
その日から、ウサギの目は真っ赤なままになりました…。

本気になるとは…。

(  完  )

(この話はフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。)
http://blog.goo.ne.jp/mentor1100/d/20060101
このコンセプトに触発され、考えました。

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